東京高等裁判所 平成11年(ネ)2030号 判決
主文
一 原判決を取り消す。
二 被控訴人は、控訴人に対して金三三七万〇七二七円及びこれに対する平成一二年二月二九日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
三 控訴人のその余の請求を棄却する。
四 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
五 この判決は第二項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 当事者の求める裁判
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は、控訴人に対して金三四四万一九八六円及びこれに対する平成一二年二月二九日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
4 仮執行宣言
二 被控訴人
本件控訴を棄却する。
第二 事案の概要
一 事案の要旨
本件は、被控訴人から利息天引の方法で継続的に貸付けを受け、順次返済を繰り返していた控訴人が、利息制限法所定の利率で利息を計算した場合、別紙1のとおり三四四万一九八六円の過払が生じているとして不当利得返還請求権に基づき右過払分の返還と、これに対する遅延損害金の支払を求めるものである。
二 当事者間に争いのない事実及び証拠によって確実に認められる事実
1 被控訴人は、貸金業の規制等に関する法律(以下「貸金業法」という。)三条一項による登録を受けた貸金業者である。
2 被控訴人は、控訴人に対して、別紙計算書「貸付日」欄記載の日(対応する「貸付金額」欄が空白のものを除く。)に同「貸付金額」欄記載の金額を元本として同「天引額」欄記載の金額を利息として天引した上、右貸付金額を額面額とする控訴人振出にかかる手形・小切手と引き換えに、同「交付額」欄記載の金員を貸し付け、控訴人は同「貸付日・支払日」欄記載の日(対応する「支払額」欄が空白のものを除く。)に「支払額」欄記載の金員を支払ってこれを返済した。被控訴人は、右貸付けに際して、控訴人に対し受領した手形小切手の別、その額面・支払期日(満期)までの日数(貸付日も含めたもので、民法によって計算した期間より一日多い日数)、実質年利、利息額(別紙計算表記載の天引額と同一)及び交付額を記載した「貸付金明細書」(丙一の1ないし35)を交付した。
3 なお、控訴人は、予備的にその主張に係る過払金返還請求権を自働債権としてこれと各借入債務を相殺する旨の意思表示をした。
三 争点及びこれに対する当事者の主張
1 利息を天引きした場合に貸金業法四三条一項(以下「本条項」という。)が適用されるか。
(控訴人の主張)
(一) 本条項は、利息制限法一条一項又は四条一項の特則であり、同法二条に対する特則ではないから、利息を天引した貸付けについて本条項は適用されない。
(二) また、本条項の適用を受けるためには、「債務者が利息として任意に支払った」こと、すなわち、①支払うに際して債務者が利息として指定すること、②利息支払が債務者の任意であること、③債務者が支払ったことが要件となる。
しかし、利息天引の場合、債務者が天引分を利息として指定して支払ったとはいえないし、天引利息の支払は貸付けの条件とされているのが通常であり、利息を先払いするのでなければ貸付けを受けられない状況で債務者が支払うのは任意の支払とはいえない。なお、本件の場合、控訴人は貸付けに際して手形などを被控訴人に振り出し、支払期日には現実に資金を口座に用意して決済する方法で支払をしているが、この場合資金を用意しなければ不渡りを出すという形で支払を強制されており、この意味でも利息支払の任意性を欠いている。
また、「支払った」とは、文字通り金銭を現実に交付して支払ったことをいうのであって、利息天引はこの要件も満たさない。
(被控訴人の主張)
(一)(1) 貸金業法四三条二項三号は、出資の受入れ、預り金及び金利等の取締りに関する法律(以下「出資法」という。)五条二項の規定に違反して締結された貸付けに係る契約等には本条項は適用されないと規定しているが、右規定はこれに違反していなければ本条項の他の要件の充足を条件にその適用を認めるものであって、利息天引の場合も出資法五条二項に定める利率を超えるものでなければ、本条項の適用のあることは明らかである。
(2) また、利息制限法二条は、天引部分が消費貸借の要物性の要件を満たすのか否か、また、利息天引の場合の制限利率を適用すべき元本額は契約額なのか交付額なのか等に関する利息天引に関する解釈上の疑義があったため、天引の場合も契約金額全額について消費貸借が成立し、利息制限法一条一項を適用するに当たっては現実に交付された金額について同法の許す最高額の利息を算出してこれを超過する天引部分は元本に充当するものであることを明らかにしたものである。すなわち、利息制限法二条は、利息天引の場合の同法一条一項の効果を明らかにしたものにすぎず、本条項が利息天引の場合も適用されることは明らかである。
(二) 控訴人が利息天引に同意し、天引利息分を控除した金額を受領している以上、天引利息を利息として任意に支払ったことは明らかである。
なお、手形による支払は両当事者合意による契約条件であり、利息の支払は貸付け時になされ、手形決済時ではないから、手形不渡に関する控訴人の主張は、本条項の利息支払の任意性とは関係のない事柄である。
2 本件で本条項一号が定める同法一七条一項に規定する書面が交付されているか否か
(控訴人の主張)
本条項は、その適用の要件として債務者に貸金業法一七条一項又は二項に規定する書面(以下「一七条書面」という。)を交付することを定めているが、本件で交付された貸付金明細書は、以下のとおり一七条書面としての要件を欠いている。
(一) 貸金業法一七条一項五号では返済の方式、同七号では賠償額に関する定めがあるときは、その内容を記載しなければならないこととされているが、貸付金明細書にはこれらの記載がない。
(二) 貸金業法施行規則一三条一項一号トでは「返済の方法及び返済を受ける場所」を記載した書面を交付しなければならないとされているが、貸付金明細書にはこのような記載がない。
(三) 同規則一三条一項一号へでは「利息の計算の方法」を記載すべきことが定められているが貸付金明細書には計算の方法が示されていない。
なお、貸付金明細書には利息金額、実質年率、日数が記載されているが、日数(期間)が貸出日と返済日の双方を含んだいわゆる両端取りがされているため、利息金が合わず、同明細書に記載された数値から利息の計算の方法を推測することもできない。
(被控訴人の主張)
被控訴人は、各貸付日に利息を天引する際、天引利息の金額、その受取日、利息の利率、起算日と日数、貸付日などを記載した貸付金明細書を控訴人に対して交付しており、契約の内容は被控訴人と控訴人間で取り交わされた基本取引約定書によっても明らかにされているから、右貸付金明細書は一七条書面としての要件に欠けるものではない。
3 本件で本条項二号に定める同法一八条一項に規定する書面(以下「受取証書」という。)が交付されているか否か
(控訴人の主張)
本条項は、その適用のための要件として、弁済を受けた場合は、その都度、直ちに受取証書を債務者に交付することを定めているが、被控訴人は利息天引時及び手形決済時のいずれにおいても受取証書を交付していない。また、本件で交付された貸付金明細書は、以下のとおり受取証書としての要件を欠いている。
(一) 同法一八条一項四号では、受取証書に「受領金額及びその利息、賠償額の予定に基づく賠償金又は元本への充当額」の記載を要求しているが、貸付金明細書にはそのような記載がされていない。なお、被控訴人は、受取証書の交付は利息の支払に対して求められており、元本支払に対して求められているのではないと主張するが、受取証書の交付は、弁済の事実を明らかにし、かつ債務者が払い込んだ金銭の利息、元本への充当関係を具体的に把握するために必要とされるものであるから、被控訴人の右主張は失当である。
(二) 受取証書には「弁済を受けた旨を示す文字」の記載が要求されるが(貸金業法施行規則一五条一項一号)、貸付金明細書にはその記載もない。
(被控訴人の主張)
被控訴人は、各貸付日に利息を天引する際に前述のような内容の貸付金明細書を控訴人に対して交付しており、同明細書は受取証書としての要件も備えている。なお、本条項は、利息制限法を超える利息の支払についてのみ一七条書面、受取証書の交付を求めていることに留意すべきである。
4 過払金の別口債権への充当の方法、相殺の効果
(控訴人の主張)
(一) 形式的には別個の契約による消費貸借であっても、同じ当事者間で事実上継続する貸借であって実質的に一個の契約とみられる場合は、利息制限法の制限利率を超過する支払分については、当然に残存元本に充当される。
また、実質的に一個の契約とみることはできず、別口の契約が数個あると考えられる場合であっても、ある口に生じた過払金は、民法四八九条に基づいて他の残存する別口の債務を利息、元本などに充当される。
(二) また、過払金が生じた時点で別口の債務が存在しない場合でも、その後新たに別口の債務が発生した場合は、その発生時点で当然に過払金が新たに発生した別口の債務に充当されると解すべきである。そのように考えなければ、過払金が生じた時点で別口の債務が残存していた場合との公平に欠けることとなるからである。
(三) なお、(二)の場合、債務者が過払金の返還請求権を自働債権として右別口の債務と相殺する旨の意思表示を行えば、債務者は期限の利益を放棄することができるから、相殺の効果はその後に生じた別口の貸金の発生時点まで遡り、別口の貸金の元本債権はその発生の時点で過払金返還請求権の額の限度で消滅するというべきである。
控訴人は、予備的に過払金返還請求権と残存債務とを相殺する旨の意思表示をする。
(被控訴人の主張)
複数の貸付けがある場合、一個の貸付けについて過払が発生しても、その部分については非債弁済として不当利得返還請求権が発生するに過ぎず、当然に別口の債務に充当されることにはならない。右弁済は当該債務に対する弁済であって、他の債務に対する弁済ではないからである。
なお、本件では、弁済日に次の貸付けを実行しているものは存在しないから、複数の貸付けがそれぞれ別個の貸付けであることは明らかである。
5 本件で適用されるべき利率について
(控訴人の主張)
控訴人は被控訴人との間で締結された基本約定に基づいて借入を行っており、借入の都度借入申込書にその時点で存在する借入残高の記載を要求された。したがって、全体を総合して見れば本件の借入は一体であるから、当初借入金額が一〇〇万円をはるかに超えている以上、返済が繰り返される途中に残高が一〇〇万円を下回る時期があったとしても、本件で適用される利息制限法の制限利率は終始一五パーセントである。
なお、個別的にみても、交付額が一〇〇万円を下ることがあっても、利息天引前の額面はすべて一〇〇万円以上であるから、利率は一五パーセントというべきである。
(被控訴人の主張)
本件における交付額のほとんどは一〇〇万円未満であるから、一律に利息制限法上の制限利息を元本が一〇〇万円以上の貸付けにかかる一五パーセントとするのは不当である。
第三 証拠関係
証拠関係は、本件記録中の証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。
第四 当裁判所の判断
一 利息天引の場合と本条項
本条項は、貸金業者が業として行う金銭を目的とする消費貸借上の利息の契約に基づき、債務者が利息として任意に支払った金銭の額が、利息制限法一条一項に定める利息の制限額を超える場合において、一定の条件のもとで当該超過部分の支払を有効な利息の債務の弁済とみなす旨を規定するが、利息を天引された場合には本条項の適用はなく、利息制限法二条が適用されると解するのが相当である。すなわち、利息天引の約定で消費貸借契約が締結される場合、債務者は天引を承認しなければ貸付けを受けることができないのが通常であるから、これを債務者が利息として任意に支払ったということは困難であり、本条項は利息天引のこのような問題点を考慮して利息制限法二条に触れることなく、天引の場合を適用の対象としなかったものと解される。
なお、被控訴人は、本条項の適用除外を定める貸金業法四三条二項に利息の天引があげられていないこと、利息制限法二条は利息天引の場合の同法一条一項適用上の効果を明らかにした立法にすぎないことをあげて、利息天引の場合も本条項の適用がある旨を主張している。しかし、利息天引に本条項の適用があるか否かは、本条項自体の解釈の問題であって、貸金業法四三条二項が利息天引の場合を規定していないからといって、当然に利息天引の場合にも本条項が適用されることにはならないし、利息制限法二条が、利息天引の場合の同法一条一項の適用の仕方を明らかにしたものであるとしても、本条項が利息天引の場合に触れるところがない以上、これが当然に利息天引の場合にも適用されるということはできない。
そうすると、争点2、3について判断するまでもなく、本件では本条項を適用することはできない。
二 過払金の別口債権への充当、相殺の効果について
控訴人は、数口の貸付けがある場合に、ある一口の貸付けへの弁済に利息制限法所定の制限利率を適用すれば過払金が生ずるときには、その過払金は残っている別口の債権に充当され、また、別口の債権が残っていなくとも次に新たな債権が発生した時点でその新債権の元本に当然に充当されると主張する。他方、被控訴人は、数口の貸付けがあり、ある一口の債権について利息制限法所定の制限利率を適用することによって過払が生じた場合でも、不当利得返還請求権が発生するだけで、過払金が当然に別口の債権に充当されるものではないと主張する。
金銭の支払が、ある債権について弁済の効力を持つためには、その支払が当該債権についてされる必要があると解されるが、少なくとも本件のような貸金債権が数口ある場合に、特定の債務への弁済について利息制限法所定の制限利率を適用して計算すれば過払が生ずるとき、債務者が特段の意思を表示しない限り、民法四八九条、四九一条に基づいてその過払金は他の別口の債権に充当されると解するのが相当である。しかし、過払を生じた段階で別口の債権が存在しなければ充当の問題は発生しないと解すべきであり、新たな他の債権が発生した時点で過払金が当然に新たな債権の元本に充当されると解することはできない。
また、控訴人は、この場合に債務者が相殺の意思表示をすれば、その遡及効によって新たな他の債権が発生した時点まで相殺の効力が遡ると主張するが、相殺の効力は相殺適状の時に遡るに過ぎないから(民法五〇六条二項)、受働債権の弁済期の到来を待たずして相殺の効力が生ずるとすることもできない。すなわち、この場合、新たな貸金債務の弁済期が到来した時点で初めて相殺の効力が生ずることとなる。
なお、控訴人は、債務者は期限の利益を放棄することができるから相殺の効果は別口の貸金債権発生の時まで遡及すると主張するが、期限の利益とは期限の到来までに債務者が受ける利益のことであるから、本件のように期限到来後にされた相殺について期限の利益の放棄を問題とする余地はない。
三 利息制限法を適用する場合の利率の定め方について
控訴人は、本件は全体として一体の取引であり当初の貸付金額が一〇〇万円以上であるから、利息制限法を適用する場合の制限利率は一律に一五パーセントになると主張し、被控訴人は個別の貸付けで交付額が一〇〇万円を下回る貸付けについてはその金額に対応する利息制限法所定の利率を適用するべきである旨を主張する。
そこで、検討すると、別紙計算書から明らかなように、本件では平成六年九月二日に始まる初回貸付けから貸付けと弁済が順次繰り返され、利息制限法の制限利率を適用して計算しても、平成七年三月九日の貸付け以後平成九年六月一九日の弁済に至るまでの多数回の取引の間、控訴人は一貫して被控訴人に対する債務を負担し続けたものであること、被控訴人は控訴人から受け取る手形(小切手)をもって取引の単位としており、同一日に支払期限の異なる複数通の手形を受け取った場合においても当該手形の通数に応じた数件の取引があるものとして処理していること、貸付の日と支払の日の関係をみてみると、支払がされた日と同一あるいはその翌営業日にその支払額にほぼ対応する新たな貸付が行われていることがほとんどであり、支払日とその次の貸付日との間に数日の間隔がある場合も、貸付金明細書の作成日がその支払日より以前であるものもあること(丙一―15、27、32)、そして、これらの一連の取引は控訴人と被控訴人との間で取り交わされた基本約定書(丙四はその雛形である。)を基礎としていることが認められる。
これらの事実からすれば、本件の取引は一連の取引であって、形式的には新たな貸付であっても実質的には従前の債務の借り増しに過ぎないものというべきであって、利息制限法所定の制限利率を定めるについて各個別の取引毎の交付額を基準とすることはできない。しかし、他方で当初の貸付額のみを基準として制限利率を定めてもいいほどの一体性があるとはいえず、結局各貸付日における残元本額と当該貸付けに係る交付額(同一日に複数の貸付けがある場合は交付額の合計額)の合計額を基準として利息制限法所定の制限利率を定めるのが相当である。
四 別紙計算書記載の「貸付日・支払日」欄(対応する「貸付金額」欄が空欄のものを除く。)記載の日に、被控訴人が「貸付金額欄」記載の金額を元本とし、「天引額」欄記載の金額を控除した「交付額」欄記載の金銭を控訴人に対して貸し付け、控訴人が「貸付日・支払日」欄(「支払額」欄が空白のものを除く。)記載の日に「支払額」欄記載の金額の返済をしたことは当事者間に争いがなく、控訴人が予備的に過払金返還請求権を自働債権として貸付金との相殺の意思表示をしたことは当裁判所に顕著である。これを前提として二、三項で説明した方法により利息制限法一条一項所定の制限利率を適用して計算すれば、別紙計算書のとおりとなり(なお、利率については結局すべて一五パーセントが適用されることになる。)、控訴人は三三七万〇七二七円を払い過ぎており、同額について被控訴人に対して不当利得返還請求権を有することとなる。
五 以上の次第であるから、控訴人の請求は、三三七万〇七二七円及びこれに対する「請求の拡張の申立」と題する書面が送達された日の翌日である平成一二年二月二九日から各支払済みに至るまで商事法定利率年六分の割合による金員の支払を求める限度で理由がある。よって、原判決を取り消し、訴訟費用の負担について民事訴訟法六七条二項、六一条、六四条だたし書きを、仮執行の宣言について同法三一〇条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官・新村正人、裁判官・宮岡章、裁判官・田川直之)
別紙計算書<省略>